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広島地方裁判所 平成9年(行ウ)32号 判決 1999年9月09日

主文

一  被告広島県知事が原告に対して平成九年一二月一日にした社会福祉事業法五四条四項に基づく解散命令を取り消す。

二  被告広島県は原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する平成九年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告広島県知事及び被告広島県の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告広島県知事が原告に対して平成九年一二月一日にした社会福祉事業法五四条四項に基づく解散命令を取り消す。

二  被告広島県知事を除く被告らは原告に対して、連帯して一億八五二四万円及びこれに対する平成九年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  当事者(当事者間に争いがない。)

原告は、本件解散命令当時、特別養護老人ホーム海幸苑(以下「海幸苑」という。)を運営していた社会福祉法人である。

被告広島県知事(以下「被告県知事」という。)は、原告に対する本件解散命令を発する権限を有する者であり、被告Aほか七名の被告はいずれも本件解散命令当時広島県知事及び広島県福祉保健部の職員であった者である。

二  本件解散命令(当事者間に争いがない。)

被告広島県福祉保健部が原告に対して平成八年八月以降に行った監査の結果、原告において会計上多額の使途不明金及び不当な支出が判明するなど著しく不適正な運営が行われていたとして、被告県知事が社会福祉事業法五四条二項に基づき、指導や措置命令を行ったが、原告がこれに従わなかったことを理由として、被告県知事は、平成九年一二月一日、同条四項により原告の解散を命じた。

三  本訴提起

原告は、本件解散命令は被告県知事がその裁量権を濫用あるいは逸脱して行ったものであり違法であるとして、本件解散命令の取消しを求めるとともに、被告らに対し、国家賠償法一条一項あるいは民法七〇九条、七一九条に基づき、本件解散命令に伴う合計一億八五二四万円の損害賠償を求めている事案である。

第三  本件の争点

一  本件解散命令は正当な理由に基づいてされたものであるか否か。

二  原告が被告県知事の指導・命令に従わなかったことに対して解散命令を出すことが不当に重い処分であり、被告県知事の裁量権を逸脱しているといえるか。

三  本件解散命令が原告

に対する不法行為を構成するか。

四  被告県知事及び被告広島県を除く被告八名(公務員)は個人として損害賠償責任を負うか。

五  損害額。

第四  争点に対する当事者の主張

一  争点一について

1  被告らの主張

被告県知事は、原告に次のような事由があったため、社会福祉事業法五四条二項に基づき改善命令等を再三発したにもかかわらず、原告がこれに従わなかったために業務の一部停止命令及び全部停止命令を発したが、なおも原告には改善への努力がみられなかったため、他の方法によっては監督の目的を達することができないと判断して同条四項に基づき本件解散命令を発したのであって、本件解散命令は正当な理由に基づいて行われたものである。

(一) 法人の組織運営の不適正

法人役員の選任に当たっては、「社会福祉法人の認可について(昭和三九年一月一〇日付け厚生省社会局長・児童局長通知)」の別紙一「社会福祉法人審査基準」の第三「法人の組織運営」に規定する事項が遵守されていることが必要である。

原告においては、平成五年二月以降、本件解散命令に至るまで定款規定の監事定員二名のうち一人が欠員のまま補充されず、平成七年九月から同年一二月までは監事が欠員となり、同年一二月に施設長の実兄を監事に選任するなどの組織運営をしているが、これは明らかに法令及び定款に反している。

(二) 使途不明金の存在

原告には、次のとおりその会計上多額の使途不明金が存在する。

(1) 平成七年度本部会計雑費

<1> 平成七年六月二九日 一〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) B理事へ、理事長借入金返済

監査の時点において、法人の会計帳簿上にB理事からの借入金は存在しない。原告はB理事からの借入金二五〇〇万円は昭和六二年一一月二九日に設備什器備品購入資金として借用したと主張するが、該当する借入金は昭和六二年度の決算書に計上されておらず、本件処分を行うまでに具体的にどのような設備什器備品を購入したのか、その具体的な単価、個数、購入期日等についての説明もなく、領収書等の証拠書類の提出もなかったもので、使途不明金と判断した。

原告は平成七年度定例監査で事実関係を説明済みと主張しているが、説明を受けた事実はない。

なお、B理事からの借入金が法人の借入金であるとすれば、社会福祉事業法に規定する会計年度終了後二か月以内に作成し備え付けて置かなければならない貸借対照表や財産目録などの決

算書類に不実の記載をしていたこととなり、同法八七条に抵触する。

<2> 平成七年八月二二日 二四万円

(元帳摘要欄の記載) 空欄

法人の会計帳簿上は現金勘定からの支出であり、原告がこれまでに監査時等に提出した通帳には右の金額に該当する記載はない。

原告は当該支出を示す通帳を本件訴訟において提出しているが、同通帳の平成八年三月三一日現在の残高は六五四四円であって平成七年度決算数値と合わず正規の通帳ではない。また原告は、当該支出は平成七年七月七日の広島総合銀行からの借入金一〇〇〇万円の分割返済に当てたもので、その一〇〇〇万円はCから平成六年上半期に借用した一〇〇〇万円の返済に当てたものであるとし、そのCからの借入金は設備運営資金として借用したものであると主張するが、監査の時点において右Cからの借入金自体が法人の会計帳簿上に存在せず、広島総合銀行からの借入金も法人の会計帳簿上に存在しないもので、本件処分を行うまでにどのように施設運営資金として費消したのか、具体的かつ詳細な説明がなく証拠書類の提出もなかったものであり使途不明金と判断した。

この項目についても特別監査において原告から詳細に口頭説明を受けた事実はない。聴聞後原告から説明文の送付があったことは認めるが、元々の借入金の使途について証拠書類を付けて説明されていないことに変わりはなく全く説明にはなっていなかった。また、右Cからの借入金が法人の借入金であるとすれば、前記と同様に社会福祉事業法に抵触する。

(2) 平成七年度施設会計雑費

<1> 平成七年四月二七日 一〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) B理事へ現金届ける

前記(1)<1>と同様である。

<2> 平成七年五月二九日 三〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) D氏に二年前借入金返済

証拠書類は一切なく、原告によればD氏の所在等も不明という状況であり、使途不明金と判断した。

この項目についても平成七年度の定例監査において原告から説明を受け、監査担当者がそれを了承をした事実はない。

<3> 平成七年九月四日 八〇万円

(元帳摘要欄の記載) かもめ信用関係、B氏へ

前記(1)<1>と同様である。

<4> 平成七年七月一七日 三〇六万円

(元帳摘要欄の記載) C氏へ苑長借入金返済

監査の時点において、法人の会計帳簿上にC氏からの借入金は存在しない。また、原告は本件訴訟において提出した右C氏への返済を示す領収書を提出しているが、その領収書の金額は三〇六万三七四五円であり帳簿計上額と相違している。したがって、使途不明金と判断した。

この項目についても平成八年八月の特別監査で詳細に口頭説明を受けた事実はない。

<5> 平成七年一〇月二六日 一〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) 弁護士、税理士来苑、交通費他

原告は尾道税務署との源泉徴収税の問題で専門家に東京から因島に出張してもらった際の交通費や宿泊費等及び手形を詐取された問題への対処のための弁護士費用であると主張するが、交通費等の具体的な内訳や支出の根拠となる領収書等の証拠書類がないため使途不明金と判断した。

この項目についても平成八年八月の特別監査で詳細に口頭説明を受けた事実はない。

<6> 平成七年八月四日 四五万円

(元帳摘要欄の記載) 空欄

監査の時点において法人の会計帳簿上に原告の主張するB理事からの二五〇〇万円やE氏からの一〇〇〇万円、かもめ信用金庫からの二〇〇〇万円の借入金は存在せず、前記(1)<1>のとおり元々の借入金であるB理事からの二五〇〇万円の使途が具体的に説明されておらず使途不明金と判断した。

この項目についても平成八年八月の特別監査で詳細に口頭説明を受けた事実はない。

<7> 平成七年八月二三日 二四万円

(元帳摘要欄の記載) 空欄

監査の時点において、原告が主張するFの立替交通費についての具体的な内容や内訳について詳細な説明もなく、その証拠書類もなかったため、使途不明金と判断した。

<8> 平成七年九月一九日 二四万円

<9> 平成七年一〇月二三日 二〇万円

<10> 平成七年一一月二二日 二三万円

<11> 平成七年一二月二〇日 二二万円

<12> 平成八年一月二二日 二三万円

<13> 平成八年二月二一日 二一万円

<14> 平成八年三月二二日 二二万円

<8>から<14>の項目については、いずれも元帳摘要欄の記載はない。前記(1)<2>のとおり、原告が本件訴訟で提出している通帳は監査の時点においては一切提出されず被告県知事に対し隠されていたもので、いわゆる裏通帳である。

また、監査の時点において、広島総合銀行からの借入金については法人の会計帳簿上に存在せず、使途不明金と判断した。

これらについても平成八年八月の特別監査で詳細に口頭説明を受けた事実はない。

(3) 平成七年度施設会計旅費

<1> 平成八年一月二九日 三〇万円

(元帳摘要欄の記載) 沖縄研修旅費、苑長

監査の時点において、旅行命令簿や復命書、領収書等の証拠書類もなく、沖縄県のどういう施設をいつ訪問したのか具体的施設名や日程等の詳細な説明もなかったもので使途不明金と判断した。また、原告は理事会での了承を得ていたと主張するが、監査の時点で提出された理事会議事録に了承したとの記録はなく、仮に理事会で了承されていたとしても前記のような状況では旅行の実施がされたかどうかも不明であり弁明となっていない。

なお、原告がこの研修旅行に同行したとするG氏は当時法人とは全く関係がなく、施設運営にも全く関係のない人物であり、その旅費を施設会計から支出することも認め難い。

この項目についても平成八年八月の特別監査で詳細に口頭説明を受けた事実はない。

<2> 平成八年二月二六日 三〇万円

(元帳摘要欄の記載) 旅費、苑長交際費

前記<1>と同様の理由から使途不明金と判断した。

この項目についても平成八年八月の特別監査で詳細に口頭説明を受けた事実はない。

(4) 平成八年度本部会計仮払金

平成九年三月三一日 三八四五万二二七八円

(元帳摘要欄の記載) 因島福祉サービス、かもめ、ヒロソー、Hからの経常資金借入金分

原告の説明によれば、それまで法人の会計帳簿上計上されていなかった借入金を計上したため同額を仮払金として計上し収支バランスを取ったものとのことであるが、借入金の借入目的やその使途について証拠書類を明示しての具体的な説明もなく、使途不明金と判断した。

(5) 平成八年度施設会計雑費

<1> 平成八年四月一一日 五〇万円

(元帳摘要欄の記載) I親子、B氏に対する対策費、苑長交際費

原告は、I親子やB氏から不当な内容の要求を受け法律専門家等に相談等をした費用であると説明するが、原告提出の平成九年一月二二日付け報告書では、I親子、B氏に対する対策費は施設の行事の際の妨害を回避するため雇ったアルバイトに対する賃金と説明し、また施設長交際費は施設長の通勤費が規程で一か月分四万五〇〇〇円しか認められていないために施設長の個人負担を軽減するため交際費として計上していると公式に回答しており、これと全く食い違っている。

原告からは口頭での説明のみで、証拠書類を明示した具体的かつ詳細な使途の説明がなく、使途不明金と判断した。

<2> 平成八年五月八日 六二万〇七二一円

(元帳摘要欄の記載) 苑長交際費

原告は、かもめ信用金庫からの借入金の分割返済金と交際費の合計であると主張するが、監査の時点においては会計帳簿上に該当する借入金は存在せず、借入金の借入目的やその使途についての説明もなかった。また、原告は、F及びJがかもめ信用金庫への分割返済金の返済をしていたものをこのときから原告が返済し始めたと主張するが、法人の借入金であるとしながらなぜそれまで個人が返済をしていたのか、個人が返済していたものであれば当然個人の借入金と考えられるが、それをなぜこの時期から法人が負担し始めたのかについて合理的な説明がなされていない。

交際費についてもその内訳や使途の説明が全くなく、証拠書類も提示されていない。

原告は、平成八年九月二七日付けの弁明書では原告の啓蒙活動及び協力者獲得活動に伴い支出したものであると公式な文書で説明をし、平成九年一月二二日付け報告書では施設長の通勤費の個人負担を軽減するため交際費として計上したと公式に文書で回答しており、その時々で説明が全く違っている。

したがって、使途不明金と判断した。

<3> 平成八年六月二六日 四〇万円

(元帳摘要欄の記載) 諸対策費

原告は、ショートステイの増床が認められ県の担当課長から具体的計画書を提出してほしいといわれたため広島県内外の施設を多数見学して回った時の旅費であるとするが、監査の時点においてはそのような説明はなく、旅行命令簿や復命書、詳しい日程等の証拠書類もなかったため使途不明金と判断した。

原告は、平成八年九月二七日付け弁明書では平成六年時点の混乱期に生じた債務の返済や対策費用であるとし、平成九年一月二二日付け報告書ではK弁護士に対する報酬であると公式に文書で説明しており、その時々で全く説明が違っている。

<4> 平成八年六月三日 六〇万円

(元帳摘要欄の記載) 苑長交際費他

原告は、かもめ信用金庫からの借入金の分割返済金とFの立替え交通費の合計であるとするが、それぞれの金額は不明であり、借入金については監査の時点において会計帳簿上に該当する借入金は存在せず、借入金の借入れ目的やその使途についての説明もなかった。また、立替え交通費についても、説明はなく、その具体的な内容を明示するような記録もなかった。証拠書類も提示されていない。

したがって、使途不明金と判断した。

原告は、平成八年九月二七日付け弁明書、平成九年一月二二日付け報告書でそれぞれ前記<2>と同様の説明をし、その時々で説明が全く違っている。

<5> 平成八年四月一九日 二二万円

<6> 平成八年五月二一日 二二万円

<7> 平成八年六月二〇日 二二万円

<8> 平成八年七月一七日 二二万円

<9> 平成八年八月二〇日 二二万円

<10> 平成八年一一月二二日 二二万円

<11> 平成八年一二月一九日 二一万円

<12> 平成九年一月二〇日 二一万円

<13> 平成九年二月二四日 二二万円

<14> 平成九年三月二四日 二二万円

<5>から<14>の項目については、元帳摘要欄にはいずれも記載はない。原告が本件訴訟で提示している通帳は監査の時点においては一切提出されず、被告県知事に対し隠されていたもので、いわゆる裏通帳である。

<5>から<9>については平成八年八月の監査の時点において、広島総合銀行からの借入金については法人の会計帳簿上に存在せず、また、<10>から<14>については平成九年五月七日の特別監査の時点において初めて広島総合銀行からの借入金が計上されたものであることが確認されたが、それまでは法人の会計帳簿上にこの借入金は存在していなかったものであり、前記と同様の理由から使途不明金と判断した。

(6) 平成九年度本部会計仮払金

この項目は、前記(4)の仮払金の勘定科目間の付替えによる減額であり、前記と同様の理由から使途不明金と判断される項目である。

(三) 不当支出金の存在

原告は、原告の施設会計から施設運営に関係のない多額の支出をしており不当である。不当支出金の内容は次のとおりである。

(1) 平成七年度借料損料

<1> 官舎借料(平成七年一一月分から平成八年三月分の自宅家賃、月額三九万円)

原告は、施設長苑長であったFの自宅を東京事務所として利用し、その家賃として支出したと説明するが、原告の経営する海幸苑は広島県因島市にあり、その入所者及び施設利用者は広島県及び愛媛県α部の高齢者であり、施設運営に必要なものはすべて地元で賄われており、東京事務所の必要性は認められない。原告は東京方面での啓蒙活動及び協力者獲得活動を行っていると言葉で繰り返すだけであり、何ら具体的な資料を明示した説明はなく、平成七年度の定例監査において、県担当者がFに東京の自宅を官舎として利用することについて相談を受け、これを了解した事実はない。

したがって、当該支出は施設運営に必要と認められない不当な支出である。

<2> 車両リース料(平成八年三月一二日、月額一七万九二二〇円)

社会福祉施設を運営する社会福祉法人において、理事長、施設長公用車の必要性は認められない。平成七年度の定例監査において、県担当者がFに理事長、施設長が東京の自宅で使用する公用車両の購入又はリースについて相談を受け、それを了解した事実はない。

したがって、当該支出は施設運営に必要と認められない不当な支出である。

(2) 平成七年度施設会計雑費

<1> お歳暮、服代(平成七年一二月四日、三〇万円)

原告は、施設運営及び活動に協力、理解していただいている多数の方々へのお歳暮として洋服地を贈ったもので、一件当たり二万円程度の社会常識の範囲内であると主張するが、施設運営のための経費である措置費によってこうした贈物をすること自体が不適当であり、措置費の使途として不適当である。

また、贈り先及びその件数、一件当たりの金額等について証拠書類を示しての説明もない。

したがって、当該支出は施設運営に必要と認められない不当な支出である。

<2> サザエ購入代金(平成七年五月三一日、同年六月三〇日、同年七月三一日、平成八年一月三一日、同年二月二九日の計五回、金額合計五八万四五二五円)

原告は、主として入所者の保健関係に協力をいただいていた医療関係の、Fの友人、知人に贈ったもので、一件当たり一万数千円程度であって、社会常識の範囲内の贈与であると主張する。会計帳簿上計上されているサザエは、平成七年度分全体で二二七kgと大量に上っており、贈与先もほとんど特定されておらず、どのような関係の誰に贈ったのかも不明確である。施設運営のための経費である措置費によってこうした贈物をすること自体が不適当であり、措置費の使途として不適当である。

したがって、当該支出は施設運営に必要と認められない不当な支出である。

(3) 平成七年度施設会計厚生経費

苑長服代(平成七年一〇月一二日、同年一二月二〇日の計二回、金額合計四〇万円)

原告は、他の職員には制服があるが施設長には制服がなかったため新調を認めたと主張するが、施設長も職員であり他の施設職員と同様に職員用の制服を着用すればよいものである。このような高価な背広は社会通念上、制服と認められるものでなく、社会福祉施設の職員がその職務を遂行する上で全く不必要なものである。高価な背広を個人の用に新調したとしか考えられず、著しく不適正で不当な支出である。

(4) 平成七年度施設会計修繕費

公用車修理代(平成七年一一月一六日東京で修理、一三万五〇〇〇円)

原告は、事実上の公用車として使用していた車両の修繕費で、この時点では理事長、施設長用の公用車を入手していなかったため、やむなくF個人が使用していた車両を事実上の公用車としていたと主張するが、社会福祉施設を経営する社会福祉法人において、理事長、施設長用の公用車については施設運営上特にその必要性は認められず、施設会計でこうした車両の取得費、維持費、修繕費等を支出すること自体認められない。また、事実上の公用車の実態はF夫妻が専用的に使用する自家用車に外ならず、その修繕費を施設会計で負担することは公私を混同した不適正で不当な支出である。

(5) 平成八年度施設会計借料損料

<1> 官舎借料(平成八年四月分から同年一一月分、月額三九万円(一一月分は一九万円)、合計二九二万円)

前記(1)<1>のとおりである。

<2> 車両リース料(平成八年四月から平成九年二月まで、月額一七万九二二〇円、合計金額一九七万一四二〇円)

前記(1)<2>のとおりである。

(6) 平成八年度施設会計雑費

<1> サザエ購入代金(平成八年五月三一日、同年七月五日、同年七月三一日、同年一〇月八日の計四回、金額合計四一万八五三〇円)

前記(2)<2>のとおりである。

<2> 車両違約金(平成九年三月二一日、一七万九二二〇円)

リース料の支払は前記(1)<2>のとおり不当な支出であるから、これに付随する当該支出金も施設会計で負担することは不当である。

(7) 平成八年度施設会計厚生経費

苑長服代(クロダ洋服店、平成八年七月三一日、四五万円)

前記(3)のとおりである。

(8) 平成八年度施設会計役務費

車両返却査定料(平成九年二月二八日、二万一六九八円)

リース料の支払は前記(1)<2>のとおり不当な支出であるから、その車両のリース契約を解約するための査定費用を施設会計で負担することも不当である。

(四) 施設会計から本部会計への流用等

(1) 厚生省は、会計の基準として社会福祉法人経理規程準則を定め、社会福祉法人の事業運営に要する経費を、基本財産の取得、維持及び自らの経営活動に係る経費と施設の運営に係る経費(措置費)とに大別し、前者を本部会計に、後者を施設会計に区分して経理するように定めている。本部会計は、原則として法人が独自に調達する資金で賄われ、施設会計は主として国、県、市町村の公費を財源とする措置費で賄わている。措置費の使途は施設の運営のための経費に限定されるものであり、本部会計への繰り入れは原則として禁止されている。また右経理規程準則においても、法人の会計間の貸借による一時的な繰替使用は認めているが、年度内に返還填補することを義務づけており、原告の経理規程でもその旨規定している(同規程一〇条)。にもかかわらず、原告においては、施設会計(措置費)から本部会計への貸付けが多額に上っており、かつ、それが常態化している。

(2) また、理事長報酬を施設会計借入金を財源として本部会計から支出していることは不当な支出である。

(3) さらに、原告は、施設長給与について、施設長が東京の自宅と施設の間を通勤する交通費の自己負担が六〇万円以上に達するためやむなく給与を増額したと説明するが、平成六年度中途に法人の給与規程にかかわらず本俸を約二・四倍(四五万円から一〇六万円)に引き上げており、社会通念上認められるものではない。被告県知事は、平成七年度の定例監査でこの急激な施設長給与の引上げが判明したため周辺施設長の平均給与と均衡を失しない額とするよう法人に指導をした結果、原告は平成八年度から引き下げると回答し、同年四月には七〇万円に減額をしたものの、その翌月からは減額前を上回る一一八万円に引き上げるなど法人の給与規程を全く無視した運用を行っており、著しく不適当で不当なものである。そのため被告県知事は、平成八年四月にさかのぼり六一万円に改定した場合の差額相当金額を、法人に対する命令として施設会計に返還するよう求めた。

2  原告の主張

(一) 役員の選任について

(1) 被告らが行政処分等の根拠とする「社会福祉法人審査基準」は法令ではなく、行政上の通知にすぎずこれに反したからといって直ちに法令に反するわけではない。原告において、理事、監事の人数が定款の定めに達していなかったことは認めるが、社会福祉事業法が定める理事(三人以上)、監事(一人以上)の定数は満たしていたのであり、このような定款違反を理由として解散命令を発することには正当な理由がない。

(2) 役員の選任について、原告が被告県知事から改善を求められた点は、<1>理事の一人を地元広島県在住者とすること、<2>監事から親族を外すこと、<3>監事の欠員を補い複数の選任をすることであるが、<2>については、平成七年一二月に就任した施設長の実兄は直ちに辞任し、その在任期間も短期間であり、その後任を選任している。<1><3>については、本件の一連の状況の中で就任を承諾してくれる適任者がなく本件処分に至っているものの、原告は、それらの者の選任に努力する旨を被告県知事に対して表明している。また、地元理事及び複数理事の選任ができないことによって法人及び施設運営に現実の支障を来したことはなく、<1><3>の実行ができなかったことをもって「運営が著しく適正を欠く」(社会福祉事業法五四条二項)ということはできない。

(二) 使途不明金及び不当支出金の不存在

原告の会計上において使途不明金及び不当支出金は存在しない。

(1) 使途不明金について

被告らが指摘するような借入金等について会計帳簿上記載がないことは認めるが、そのことをもって使途不明金と断定すべきではない。広島総合銀行、かもめ信用金庫、因島福祉サービスなどからの借入れの事実について預金通帳等によって明確に裏付けられている。

Bからの借入金については、原告の施設の建築費及び設備費の一部に使用されたのであり、Cからの借入金は、施設の別館として賃借された建物の改装費や施設下の借用運動場の賃料の支払いにより不足した施設の運用資金として使用されたものである。また、Eからの借入金はBへの返済資金として当てたものである。B、C及びEからの借入れについては証拠が存在する。前記の広島総合銀行、かもめ信用金庫からの借入れは、右Bらからの借入金の返済資金として当てたものである。

原告は、被告らが使途不明金と指摘するものについては監査の際に詳細に説明をしてきた。被告らはその際証拠書類を示しての具体的な説明がなかったと主張するが、原告は平成八年一二月一二日に広島県警の捜索差押えを受け、それによって平成九年七月末に押収物の還付を受けるまで証拠書類の提出ができず、その後も返還書類の整理に時間がかかり提出が遅れたにすぎない。

(2) 不当支出について

本部会計において施設会計から借入れをして支出してはならないとの明文規定は存在しない。被告らの主張する厚生省局長通知は社会福祉法人に対する指導基準に過ぎず、原告に対して法的拘束力を有しない。

この問題は原告内部の会計処理上の問題に過ぎず、理事会での了承も得られている。

二  争点二、三について

1  原告の主張

(一) 原告は被告県知事の運営改善についての指導等に必要な限り応じてきたのであり、このすべてに対応できなかったことを理由として解散命令を出すことは不当である。また、前記のように、改善命令の内容自体が違法かつ不当なものであり、改善命令に従わなかったことを理由にして解散命令を行うことは被告県知事の裁量権を逸脱・濫用している。

さらに、解散命令が問題となった他の社会福祉法人の事案に比較しても著しく均衡を欠き社会通念上妥当性を欠く処分である。

(二) 本件解散命令は、被告広島県の職員らの故意又は重過失によるものであるから、被告広島県は国家賠償法上の責任を負う。

2  被告らの主張

原告が被告県知事の再三の指導・措置命令に従わなかったため、被告県知事は他の方法により監督の目的が達成できないと判断して解散命令を出したものである。

三  争点四について

1  原告らの主張

国家賠償法には公務員個人がいかなる場合も責任を負わないとの明文の規定は存しない。少なくとも、故意又は重過失ある公務員は、個人としても不法行為責任を負うというべきである。

2  被告らの主張

被告県知事及び被告広島県を除く他の被告らの行為は、公務員としてのその職務行為に関して行われたものであるから、個人として責任を負わない。このことは判例上確立している。

四  争点五について(原告の主張)

1  慰謝料 一億円

原告は、本件解散命令により、回復不能なほどにその名誉、信用を傷つけられた。したがって、その名誉、信用の回復及び慰謝料として一億円が相当である。

2  施設閉鎖による損害

(一) 施設建物、設備等の保守修繕等の工事費用 四五〇〇万円

(二) 従業員の再雇用及び教育費用等 一八〇〇万円

(三) 保有車両の廃棄による損害 二〇〇万円

(四) コンピュータリース解約料 八九万円

(五) 閉鎖施設の点検のための人員の往復交通費 二一〇万円

3  弁護士費用等本件訴訟に伴う損害 一七二五万円

第五  当裁判所が認定した事実経過(甲一ないし三、四の1ないし25、五の1ないし27、六の1ないし11、七の1ないし15、八の1ないし3、一〇、二二ないし二四、四〇、四八、五〇、五一、五六、七〇、七九、乙九ないし一一、二六、三五ないし三八、四一、四四、四七、四八、五一ないし七八、八五、八八、弁論の全趣旨)

一  平成八年度の定例監査まで

1  原告は昭和六一年一二月八日に設立されたが(昭和六一年一一月二五日認可)、そのための資金は日本自転車振興会からの補助金一億九四〇三万円及び寄付金一億七一四七万円であったが、寄付金の多くはFが拠出したものであった。

施設の敷地は、Bの仲介でI、Lから購入した。

2  原告については設立後、ほぼ年一回の割合で被告広島県の担当者による監査が行われてきたが、監査の際に問題とされた事項のうち主なもの及び原告の運営上問題となる事実は次のとおりである。

(一) 昭和六三年一〇月二〇日及び同年一一月三〇日の監査結果

(1) 理事の多くが県外居住者であるので、施設が所在する地域から選任すること。

(2) 理事会が実際に開催されていない。

(3) 施設の敷地の一部(広島県因島市β二八〇五番一)につき原告に所有権移転登記がされていない。

(4) 原告設立の際、贈与を受けることが予定されていた金員のうち金八五〇〇万円が未履行である。

(5) 経常資金のための借入金五〇〇〇万円は創設間もない法人としては異例である。早期に返済すること。

(二) 昭和六三年末から平成元年一月にかけての間

被告広島県の元職員の原告への再就職や被告広島県の監査内容に関連して原告と被告広島県の担当部署との間においてトラブルが生じ、原告代理人弁護士が県知事に宛てて抗議書面を送付するといったことがあった。

(三) 平成五年九月二〇日

Fが破産宣告を受けた。被告広島県の担当職員はこのころその事実を知った。その後、Fは理事長を辞任して海幸苑施設長に就任し、理事長にはFの妻Jが就任した。

(四) 平成五年一二月一三日の監査結果

(1) 本部会計に計上されている現金三五七四万五〇〇〇円が現実には存在しない。理由を明らかにし、同額の金員を法人会計口座に入金すること。

(2) 施設会計の資金不足が深刻であり、支給予定日に職員に対して期末手当が支給されていない、平成五年一二月分給与財源が確保できていないといった状態である。

(3) 施設会計から本部会計に貸し付けている金二四七三万九九四〇円を施設会計に返還すること。

(4) 理事会が機能していない。施設が所在する地域から理事を選任すること。

(5) 施設長であるFは東京に居住して週平均二、三日の勤務しかしておらず、最近二、三か月はほとんど出勤していない。改善を検討すること。

(五) 平成六年四月二八日の監査結果

(1) 本部会計に金二〇〇万円の経常資金借入金がある。使途、借入先を明らかにするとともに返済に努めること。

(2) 本部会計の借料損料金一八五一万五〇〇〇円を支出している。支出根拠、財源を明らかに

すること。

(六) 平成七年七月一三日の監査結果

(1) 理事会の開催が低調である。地域在住理事を選任すること。

(2) 平成六年度においては、年度内に返還されるべき施設会計から本部会計への借入金八九七万円が返還されていない。速やかに返済すること。

(3) 平成七年度に施設長給与が月額金四三万八五〇〇円から同金一〇六万円に増額されているが、過大である。他の施設職員の給与との均衡を失わない額に改めること。

(七) 平成八年六月六日、被告広島県から原告に対し、短期入所者専用居室増設のための工事費用金一八六三万七〇〇〇円の交付が内示された。

二  平成八年度定例監査以降

平成八年八月五日 原告に対して指導監査(定例)が行われ、被告広島県は、原告の法人・施設運営及び会計経理に不適正な点が判明したとする。

八月二一日 被告広島県は厚生省へ監査結果等を報告し、原告に対して特別監査を行うことを協議。

八月二八日 第一回特別監査

被告広島県は、<1>原告の役員構成が不適当であること、<2>多額の施設会計借入金の未返済があること、<3>多額の使途不明金や不当支出があることが判明したとする。使途不明金について施設長が説明する。

九月一〇日 被告広島県が理事長から原告の法人・施設運営、会計経理の状況、使途不明金・不当支出等について事情聴取。

原告理事長は、使途不明金や不当支出ではないと主張し、使途についての概括的な事情を説明する(施設長同席)。

九月一三日 被告県知事が原告に対し、監査結果に基づく改善命令を行うための弁明機会付与を通知(弁明書の提出期限同月二七日)。

九月一八日 被告広島県が因島市助役に対して、監査結果の状況と今後の方針について説明、地元市として法人・施設の立て直しに向けての対応を要請。

九月二五日 被告広島県が因島市長に対して、地元市としての対応を要請。

九月二七日 原告から弁明書提出。その要旨は以下のとおりである。

<1>  理事会は定期に開催し、議事録は整備する。

<2>  地域在住の理事の選任に努める。

<3>  本部会計の施設会計からの借入金については、寄付金等の増収による本部会計の充実を図り、速やかに返還する。

<4>  本部会計使途不明金と指摘されているものはBからの借入金返済等に充てられたものであり、原告の義務に属する事項である。

被告広島県は、使途不明金については証拠書類が未添付であり、弁明内容についても具体性なしとして、改善がなされていないと判断した。

一〇月三日 広島県社会保健部内に幸伸会問題対策会議を設置し、初会合を開く。

一〇月九日 改善命令(是正期限平成八年一一月八日、命令の内容については別紙一のとおりである。)。

その内容は被告広島県によって報道各社に公表された。

一〇月二一日 被告広島県が因島市長に対して、原告の問題点の説明、地元市としての主体的対応と入所者処遇確保への協力要請。

一〇月二二日 指導監査。

被告広島県は、前回特別監査以降の状況を調査し、理事長報酬の支給が停止されていることを確認した。

一一月一日 原告に対して資産等調査に必要な同意書及び借入金の現況報告書の提出を要請。

一一月七日 原告が被告広島県に対して改善命令に対する報告書を提出。その要旨は以下のとおりである。

<1>  役員構成等は鋭意改善に努力する。

<2>  理事長報酬、車両リース代及び官舎借料のうち二〇〇万円については返還し(現実に返還された。)、残額の返還も鋭意行う。

<3>  使途不明金は存在せず、不当な支出もない。

一一月一四日 第二回特別監査

被告広島県は、理事長報酬支給停止と二〇〇万円返還など一部改善は見られるものの改善状況は極めて不十分と判断する。

一一月二一日 被告広島県は理事長、施設長に対し説明を求めるため来庁要請(同月二五日要請拒否の回答)。

一二月二日 被告広島県が再度、理事長、施設長に説明のための来庁を要請するとともに、資産調査同意書及び借入金現況報告書の提出を要請。

一二月三日 被告広島県が原告の各役員に対し、役員としての意見を求めるため来庁要請。

一二月一二日 被告広島県が二回目の改善命令を行うための弁明機会付与通知、理事長等に来庁要請

一二月一二日 広島県警が原告法人施設及び東京の理事長宅の強制捜査に着手する。

一二月一七日 被告広島県が因島市長に対して地元市としての対応を要請。

一二月二四日 原告が弁明書を提出。前回弁明と同内容。原告は、被告広島県が報道各社に対して原告への指導内容と原告の対応を積極的に発表していること、その内容が不正確であり、原告の信用と名誉が傷つけられていると抗議する。

被告広島県は、原告には改善の努力が認められないと判断した。

一二月二六日 第二回改善命令(是正期限平成九年一月二七日、命令の内容は別紙二のとおりである。)

被告広島県は理事長、施設長外各役員に対して面談を要請。

被告広島県は、県内各市町村に海幸苑への新たな入所措置について慎重な対応をするように要請。

被告広島県が海幸苑入所措置市町村連絡協議会の設置を要請。

一二月二七日 被告広島県が顧問弁護士を通じ原告に対し、理事会開催と県職員の同席を要請。

平成九年一月六日 被告広島県が電話、電報等により理事長等との面談を要請。

一月九日 被告広島県職員が役員宅等訪問(東京)のため上京したが一人の理事以外面談できなかった。

一月一四日 第一回入所措置市町村連絡協議会

海幸苑の現状と今後の対応について協議。

一月二二日 第二回改善命令回答書提出。

命令事項については、改めるべきことは速やかに改める、使途不明金・不当支出は理由ある支出であるが資料提出できないものは速やかに返還すると回答。

二月六日 第三回特別監査

原告が被告県知事の命令に従い返還命令金額の全額返還(近日中)と整理後の役員全員の辞任(半年後程度を目処とする。)との理事長・施設長の申立書を提出した(後に撤回)が、被告広島県は改善が見られないと判断した。

二月一二日 施設長が来庁し、返還命令金額は今週中に返還、遅くとも三月中には解決させ、責任をとって理事長とともに辞任すると申立て。

二月二〇日 施設長が来庁し、返還金の返還期限の延期申立書(平成九年三月一五日まで)を提出したが、被告広島県は「待てない、手続を進める。」と回答。

第二回入所措置市町村連絡協議会

海幸苑の現状と今後の対応、入所者生活状況を調査。

二月二一日 被告広島県は、原告に対する処分を強化する方針を固める。

二月二五日 被告広島県は、厚生省にこれまでの経緯、現状を報告し協議。

二月二八日 業務一部停止命令と理事長解職勧告を行うための弁明機会付与通知。

三月一七日 原告から、返還命令は実行するが、猶予期間を頂きたいとの弁明書が提出された。

被告広島県は償還計画がなく、具体性に欠けるとして是正期限の猶予の申出を拒否。

三月二一日 原告に対して、業務の一部停止命令(停止期間同年四月一日から同月三〇日、命令の具体的内容については別紙三のとおりである。)、理事長解職を勧告。

三月二六日 第三回入所措置市町村連絡協議会において、海幸苑の現状と今後の対応について協議。

第四回特別監査

改善命令事項の是正状況の確認、前回監査以降の状況調査。

四月一日 海幸苑

への短期入所業務が停止される(同月二日報道)。

四月九日 被告広島県は因島市長に対して現状説明し、施設の存続等に向けて受皿づくりなどを検討する機関の設置と地元市としての対応を要請。

四月一〇日 第四回入所措置市町村連絡協議会(入所者家族説明会打合せ)

入所者家族説明会

これまでの経過及び現状の説明、業務停止の場合の措置替えの説明。

四月二五日 関係市町村に対して、老人短期入所事業の委託について同年五月一日以降も慎重な対応を要請。

四月三〇日 原告から解職勧告回答提出

現時点での理事長解職は適当でない、問題解決後に勧告に従う旨回答。

五月七日 第五回特別監査

解職勧告への対応状況、改善命令に対する是正状況、前回監査以降の状況調査。

五月一二日 第五回入所措置市町村連絡協議会において業務全部停止命令後の対応について協議。

原告に対して、業務全部停止命令と第三回改善命令を行うための弁明機会付与通知。

五月一六日 因島市長に対して現状説明、施設の存続等に向けて地元市としての対応を要請。

入所者家族説明会

業務全部停止の場合の措置替えの説明

海幸苑職員説明会

業務全部停止の場合の措置替え、職員の雇用問題の説明

五月二六日 原告から弁明書提出。その要旨は以下のとおりである。

<1>  理事長報酬の支給は停止し、受領分の一部一〇〇万円は返還した。

<2>  理事長の自宅兼原告東京事務所の家賃の一部を東京事務所賃料として支出していたが、これは廃止した。

<3>  施設長の給与は減額し、東京での活動のための車両リース料を原告が支出することは停止した。

<4>  かもめ信用金庫、広島総合銀行への返済金は施設運営のための借入金の返済であり使途不明金ではない。

<5>  Dへの金三〇〇万円の支出は正当なものであるが、返還せよというのであれば返済する。

<6>  施設長の制服代金八五万円は不当支出とは考えないが、返還を命じられたので応じる。

<7>  施設長の給与の減額については、被告広島県が一方的に給与額を設定し減額することは労働基準法に違反するものであって、問題がある。

<8>  被告広島県が使途不明金、不当支出を主張して返還命令を発するのならば、その根拠を示すべきである。

被告広島県は弁明内容が前回より後退、是正措置状況変化なしと判断した。

五月二九日 原告から被告広島県の担当課に宛てて次のとおりの内容の書面が送付された。

<1>  原告がHから金員を借り入れたことはない。

<2>  原告の現在の負債は、広島総合銀行からの借入金五八〇万円及びかもめ信用金庫からの借入金一七六五万二二七八円のみである。

<3>  使途不明金は存在しない。

<4>  施設の存続を図るために改善命令に応じる用意はある。ただし、返還を求められている金額、返還方法及び期限、理事長の解職等について協議したい。

六月二日 業務の全部停止命令(停止期間同年七月一五日から同年九月一四日、命令の内容は別紙四のとおりである。)。

第三回改善命令(是正期限同月一三日、命令の内容は別紙五のとおりである。)

六月五日 因島市長と被告広島県が原告の経営移譲、地元市としての対応について協議。

六月六日 第六回入所措置市町村連絡協議会

入所者措置替え打合せ

措置替先施設説明会を開催。

被告広島県は厚生省に対し、現状及び今後の方針を説明した。

六月一三日 原告から第三回改善命令に対する弁明書提出。その要旨は以下のとおりである。

<1>  理事会の議事録を作成して提出する。

<2>  理事、監事の就任については説得中である。

<3>  理事長報酬残額金二〇九万六〇〇〇円については直ちに返還する。

<4>  使途不明金は存在しない。

六月二三日 海幸苑入所者全員の他施設等への移送を開始。

七月一〇日 入所者の他施設への移送完了。

七月一五日 業務全部停止開始。

六月一九日付け解雇予告により全職員解雇。

七月二四日 第七回入所措置市町村連絡協議会

現状説明と今後の対応協議。

七月末頃 広島県警より原告及びFに押収書類等の返還がされた。

一〇月三日 被告県知事は、社会福祉事業法五四条に基づく解散命令を行うこととして行政手続法に基づく聴聞を同月末にも開催するとの最終方針決定。

一〇月一五日 原告に対して、同月三〇日の聴聞開催を通知。

一〇月三〇日 聴聞開催。聴聞手続期日における被告広島県担当者と原告代理人との主なやりとりは次のとおりである。

(被告広島県担当者)

解散命令の原因となる事実は、監査の結果、著しく不適正な法人・施設運営が判明したため、次のとおりの改善命令を行ったが、その実現がされず、解散命令以外の方法では監督の目的を達することができないと認められたことである。

<1>  理事に地元代表者を加えること。

<2>  監事の欠員を補充すること。

<3>  役員解職勧告に関する審議内容を記録した理事会議事録を提出すると。

<4>  本部会計の施設会計からの借入金二六八六万三〇〇〇円を施設会計に返還すること。

<5>  使途不明金五〇〇四万二〇〇〇円を本部会計及び施設会計に返還すること。

<6>  不当支出金一〇九八万二〇〇〇円を施設会計に返還すること。

<7>  施設長は常勤し、職務に専念すること。

<8>  施設長給与は平成八年四月に遡って引き下げ、過払金四六一万三〇〇〇円を施設会計に返還すること。

(原告代理人)

<1>  使途不明金や不当支出金は存在しない。原告は使途を説明しているのであるから、それにもかかわらず使途不明であると主張する被告広島県担当者はその根拠を示すべきである。

<2>  理事長報酬は平成八年九月分から停止している。

<3>  施設長給与は平成八年一〇月から減額し、平成九年六月から支給停止とした。

<4>  被告広島県が使途不明金及び不当支出金であると主張している金額は、原告としてはそれに該当しないと考えるが、その議論は措くとして、被告広島県が返済すべき金額について協議する意思があるのであれば、原告は相応の返済を行う用意がある。ただ、その返済には平成一一年一二月末日までの期限の猶予をもらいたい。

一二月一日 被告県知事が原告の解散を命令する。

第六  当裁判所の判断

一  本件解散命令の理由

甲第五〇、第五一号証、乙第七六号証によれば、本件解散命令の理由は次の点であると認められる。

(一)  被告広島県からの再三にわたる改善指導や社会福祉事業法五四条二項の規定による命令にもかかわらず、原告から具体的な改善や改善計画が示されなかったこと。

(二)  このため、社会福祉事業法五四条三項の規定による役員解職勧告や業務全部停止命令を行い改善を促したが、依然として改善命令に従った是正措置が執られなかったこと。

(三)  これらの状況から原告が社会福祉事業を適正に運営することはできず、解散命令以外に監督の目的を達することができないこと。

したがって、本件解散命令の適法性については、<1>被告県知事が原告に対して行った改善のための措置命令あるいは改善指導(以下まとめて「改善命令等」という。)が正当な理由に基づくものであるか、また、<2>その改善命令等の内容は行政指導あるいは行政処分として適切なものであるか、<3>原告が改善命令等に従わなかった場合に、そのことをもって解散命令以外に監督の目的を達することができないといえるか、という点を判断することになる。

二  改善命令等の内容

乙第五一、第五三、第五六、第五八、第五九、第六五、第七一号証によれば、被告県知事が行った平成八年一〇月九日付け、同年一二月二六日付け及び平成九年六月二日付けの社会福祉事業法五四条二項の規定による措置命令ないしその前提となる行政指導において、被告県知事が原告に対して求めた是正措置の内容は概ね次のとおりであると認められる。

(一)  理事会について

(1) 理事会の開催の励行、審議の充実を行うこと。

(2) 理事会の審議・決定内容を正確かつ遅滞なく議事録に記載すること。

(二)  役員について

(1) 役員の選任に当たっては、「社会福祉法人の認可について(昭和三九年一月一〇日厚生省社会局長・児童局長通知)」の別紙一「社会福祉法人審査基準」の第三「法人の組織運営」に規定する事項を遵守すること。

(2) 理事に地元地域の代表を加えること。

(3) 監事の欠員を補充するとともに、他の役員と親族等特殊な関係にない者を監事に選任すること。

(4) 理事長及び理事の運営管理等を充実させること。

(5) 監事による監督の強化。

(三)  使途不明金の返済について

原告の会計上多額の使途不明金が存在するので、これを全額返済すること。また、使途を明確にし、証拠書類を添付して報告すること。

(四)  不当支出金の返済について

(1) 施設会計借入金について

未済となっている本部会計の施設会計からの借入金を施設会計に全額返還すること。

(2) 施設会計からの不当な支出

施設会計から施設運営に必要と認められない不当な支出があるので、これを全額返済すること。

(3) 理事長報酬について

施設会計からの借入金を財源として理事長報酬を支払うことは認められないので、平成八年四月以降に支払われた理事長報酬を全額返還すること。

(4) 施設長給与について

施設長の給与が近隣の同種施設の給与と均衡を失しているので、平成八年四月にさかのぼって引き下げること。

三  正当の理由の存在及び処分内容の適正について

(一)  理事会について

乙第一四号証、第五一ないし第五三号証、第五六号証、第五八ないし第六〇号証、第六二、第六四、第七〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の理事会の開催が年三回と低調であったこと(ただし、平成七年度)、議事録の内容に不明確な部分があったことが認められる。

したがって、被告県知事が原告に対して、右の点について適正化を図るように改善命令等を発することには理由がある。

(二)  役員について

乙第五一なし第五三号証、第五六号証、第五八ないし第六〇号証、第六二、第六四、第七〇、第七九号証によれば、原告の理事に地元地域の代表が加わっていないこと、監事に原告の定款上欠員が生じていること、監事に理事らと親族関係のある者が加わっていることなど、「社会福祉法人の認可について(昭和三九年一月一〇日厚生省社会局長・児童局長通知)」の別紙一「社会福祉法人審査基準」の第三「法人の組織運営」に規定する事項に抵触する事項が本件監査等の時点に存在したことが認められる。

したがって、被告県知事が原告に対して、右の点について適正化を図るように改善命令等を発することには理由がある。

(三)  使途不明金の返済について

(1) 乙第四七、第四八号証及び弁論の全趣旨によれば、被告らが主張する「使途不明金」とは原告の総勘定元帳に支出金額の記載はあるものの元帳の摘要欄にその使途が記載されていないために使途の確認ができないか、使途についての記載はあるが、その支出に該当する領収書等の証拠書類が存在しないために真に記載どおりの使途に支出されたかが確認できないものをいうと解せられる。

(2) ところで、所轄庁が、社会福祉法人の会計上右のような使途不明金が存在することを理由にして、今後は適正な会計処理をするように行政指導を行ったり、もしくは当該法人に対して必要な措置を執るように命令(社会福祉事業法五四条二項)するなどの行政処分を行う場合、その指導や措置命令の内容は、監督の目的を達するために必要なものである限りは、所轄庁の広範な裁量に委ねられていると解される。

そこで、以下においては本件における使途不明金の返還命令が右の裁量の範囲内にあるかどうかについて検討する。

本件における各改善命令は原告に宛てて発せられており、したがって、金員の返還も原告が自分自身に対してすべき形式となっている。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、各改善命令が発せられた当時の原告には命じられた金員の返済原資は存在しなかったことが認められ、そうすると、金員返還の改善命令を受けた原告としては、他から寄付金を受けるか、あるいは原告の運営を行っていた理事長又はFにおいて、個人的に金策を行い、これを原告に入金するほか手段は存しないことになる。しかし、本件において、被告広島県が原告に対する処分内容を公表した後は、F以外の者からの寄付を期待することは不可能な状態にあったというべきである。したがって、被告県知事による本件金員返還命令は、原告において、その理事、理事長あるいは施設長であるFから金員を取り立てるべきことを要求しているのと実質的には異ならない。しかし、所轄庁が社会福祉法人に対してこのような命令を発することは、当該理事等に特別の負担を課することになるのであるから、当該理事等が当該法人の財産を私的に流用したなど当該理事に対して返還を求め得る事由が存在する場合に限ってすることができるというべきであり、またその場合に返還責任を負うのは当該理事等個人であるから、返還命令が履行されないことをもって直ちに当該法人に対して不利益な処分を課することには慎重でなければならない。

以下このような見地から検討する。

平成七年度本部会計雑費

<1> 平成七年六月二九日 一〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) B理事へ、理事長借入金返済

甲第一七号証の1、第一八号証、第一九号証の1ないし8、第二〇、第六二、第八三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、(1)昭和六二年一一月二九日、Bより原告設立の際の設備什器備品等の資金として二五〇〇万円を借り入れ、(2)平成四年二月一〇日、(1)の返済のためEから一〇〇〇万円を借り入れ、(3)平成七年九月一三日、(1)の残金及び(2)の返済のためかもめ信用金庫から二〇〇〇万円を借り入れたこと、(1)の借入金については、一回目一〇〇〇万円((2)が原資)、二回目一〇〇〇万円((3)が原資)、三回目一〇〇万円、四回目一〇〇万円、五回目八〇万円、六回目二二〇万円に分割して返済したことを示唆する証拠が存在し(ただし、一回目の一〇〇〇万円の内一六〇万円、六回目の二二〇万円についてはそれぞれFが個人負担をした。)、総勘定元帳の他の記載との関係から、右<1>の一〇〇万円は三回目の一〇〇万円を、後述の平成七年度施設会計雑費<1>、<3>の一〇〇万円、八〇万円はそれぞれ四回目の一〇〇万円、五回目の八〇万円を指していると考えられる。

もっとも、原告の昭和六二年度決算書(乙四)には、Fからの経常資金借入金五〇〇〇万円が計上されているのみでBからの二五〇〇万円については計上がなく、その二五〇〇万円の使途については領収書等の証拠書類も存在しないのであるから、これを使途不明金であるとした被告らの判断にも一応の根拠がある。

しかしながら、原告が二五〇〇万円の使途として主張する設備什器備品への支出を示す証拠書類が存在しないとしても、それらの支出が行われたのは原告が設立された頃のことであり、本件において原告に対して行われた平成八年の定例監査までには既に一〇年近い年月が経過していることに照らすならば、証拠書類が廃棄され又は紛失した可能性も否定できない。

よって、被告県知事が当該支出は前記の意味での使途不明金であって、原告に対してそのような使途不明金をなくし適切な会計処理を行うように改善指導又は命令を発することには正当な理由があるものの、それを超えて理事等に当該支出分について全額返還するように命令することは違法といわざるを得ない。

<2> 平成七年八月二二日 二四万円

(元帳摘要欄の記載) 空欄

甲第一三号証の1、2、弁論の全趣旨によれば、原告は、平成七年七月七日、○○銀行(取扱店○○支店)より一〇〇〇万円を借り入れ、同年八月二二日、その返済のために「社会福祉法人幸伸会理事長J」名義の普通預金口座(口座番号「省略」)に二四万円を振り込み、同日返済に充当されていることが認められる。

また、原告は、原告が広島総合銀行より借り入れた一〇〇〇万円は平成六年度上半期に施設運用費用に当てるためにCから借りた一〇〇〇万円の返済に当てたと説明し、Cへの返済の事実を窺わせる証拠も存在する(甲二一)。

これらのことからすれば、当該支出についての使途は明らかであり、その基礎となった借入金の使途を示す証拠も存在することになる。

もっとも、右Cからの借入れ及び広島総合銀行からの借入れは、総合貸借対照表(乙三、八)に記載がなく、原告が不正な会計処理を行っていた可能性は高い。しかしながら、仮に原告がこれら一連の借入金の処理について帳簿外処理を行っていたとしても、社会福祉事業法八七条三号に抵触することは格別、原告の理事らが当該支出分の金額を私的に流用したなどの証拠が存在しない以上、理事らにそれら全額の返還を求めることはできないというべきである。

よって、被告県知事が原告に対してこのような会計処理を改めるように指導又は命令を発することについては正当な理由があるものの、それを超えて原告の理事等に対してその返還をするように求めることは違法といわざるを得ない。

平成七年度施設会計雑費

<1> 平成七年四月二七日 一〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) B理事へ現金届ける

前記(平成七年度本部会計雑費<1>)で述べたとおりであり、被告県知事が原告に対して適切な会計処理を行うように改善指導をし又は命令を発することには正当な理由があるものの、それを超えて理事等に当該支出分について全額返還するように命令することは違法である。

<2> 平成七年五月二九日 三〇〇万円

(元帳摘要欄の記載)

D氏に二年前借入金返済

原告は、右金員は、平成五年ころ原告の施設を譲渡しようとした際の費用を、仲介を依頼したDに支払ったものであると主張し、返済時の状況については甲第六二号証にその説明があるものの支払いをしたことを示す領収書は存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断したことには理由があり、原告に対して会計処理の適正化を改善指導等することは正当である。しかしながら、甲第六二号証に見られるFの説明が信用できないとまでは断定し難く、領収書等が存在しないことについては紛失の可能性も否定できない。当該支出がFの個人的な借入に充当されたなど当該支出分を私的に流用したことを認める証拠は何ら存しないのであるから、被告県知事が右改善指導等の内容を超えてFに当該支出分の全額を返済するように求めることは違法というべきである。

<3> 平成七年九月四日 八〇万円

(元帳摘要欄の記載) かもめ信用関係、B氏へ

前記(平成七年度本部会計雑費<1>)で述べたとおりであり、被告県知事が原告に対して適切な会計処理を行うように改善指導又は命令を発することには正当な理由があるものの、それを超えて理事等に当該支出分について全額返還するように命令することは違法である。

<4> 平成七年七月一七日 三〇六万円

(元帳摘要欄の記載) C氏へ苑長借入金返済

甲第一六号証によれば、平成七年七月一七日、原告からCへ三〇六万円余りの返済が行われていることが認められる。したがって、当該支出についていえば、その使途は明らかであるということができる。

もっとも、元帳の金額と領収書の金額が相違すること、返済の基礎となった借入の事実は原告の帳簿に計上されていないこと、Cからの借入金の使途を示す証拠は存在しないことなどからすれば、これを使途不明金であるとした被告らの判断にも一応の根拠がある。

しかしながら、金額の相違については数千円単位のものであり元帳の記載の誤記とも考えられ、帳簿の記載等の点については前記(平成七年度本部会計雑費<2>)で述べたとおりである。

したがって、被告県知事が原告に対してそのような会計処理を改めるように指導又は命令を発することについては正当な理由があるものの、それを超えて原告の理事らに対してその全額の返還をするように求めることは違法というべきである。

<5> 平成七年一〇月二六日 一〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) 弁護士、税理士来苑、交通費他

原告は、尾道税務署との源泉徴収税問題及び原告が詐取された手形問題の対処のために来苑した弁護士、税理士のための交通費等であると主張し、甲第六二号証においてもFはそのような内容の説明をしているものの、当該支出に該当する領収書等は存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適切な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、当該支出の性格に照らせば、原告が支出するすべてのものについて領収書等を求めることは困難であるとも考えられ、原告が説明するように領収書等については紛失の可能性も否定できない。そして、当該支出について原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠については何ら存在しないのであるから、理事らに対してその全額の返還をするように求めることは違法というべきである。

<6> 平成七年八月四日 四五万円

(元帳摘要欄の記載) 空欄

原告は、当該支出はかもめ信用金庫からの借受金の分割返済金であると主張するが、かもめ信用金庫から原告への貸付については、平成七年九月一三日に二〇〇〇万円の手形貸付(甲一七の1)が、平成八年九月一一日に二〇〇〇万円の証書貸付(甲一七の2ないし5、二九)があるのみで、右の貸付以前に同金庫からの貸付があったことを示す的確な証拠は存しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して適正な会計処理をするように原告に対して改善を求めることには理由がある。

しかしながら、当該支出が原告の理事等によって私的に流用されたことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が原告の理事らに対してその全額の返還をするように求めることは違法というべきである。

<7> 平成七年八月二三日 二四万円

(元帳摘要欄の記載) 空欄

原告は、Fの立替払い交通費として支出したと主張するものの、その領収書等の証拠書類は存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適正な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、摘要欄が空欄になっていること、領収書が存在しないことについては原告が説明するようにそれぞれ記載漏れ及び領収書等の紛失の可能性も否定できない。そして、当該支出分を原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠は存在しないのであるから、被告県知事がその全額の返還をするように求めることは違法というべきである。

<8> 平成七年九月一九日 二四万円

<9> 平成七年一〇月二三日 二〇万円

<10> 平成七年一一月二二日 二三万円

<11> 平成七年一二月二〇日 二二万円

<12> 平成八年一月二二日 二三万円

<13> 平成八年二月二一日 二一万円

<14> 平成八年三月二二日 二二万円

(元帳摘要欄の記載) <8>ないし<14>の項目についてはいずれも空欄。

甲第一三号証の1、2によれば、原告は、平成七年七月七日、広島総合銀行(取扱店因島支店)から一〇〇〇万円の貸付を受け、毎月これを返済していること、右の<8>ないし<14>の支出については右返済に当てるために支出されたものであることが認められる。また、右貸付の使途については前記(平成七年度本部会計雑費<2>)で認定したとおりである。

これらのことからすれば、右の<8>ないし<14>の支出の使途は明らかであり、その基礎となった貸付金の使途を示す証拠も存在する。

そして、原告の会計処理上問題があり、被告県知事がその点を改善するように原告に求めることに正当な理由があるとしても、それを超えて原告の理事等に右支出の全額を返済するように命令することは違法というべきである。

平成七年度施設会計旅費

<1> 平成八年一月二九日 三〇万円

(元帳摘要欄の記載) 沖縄研修旅費、苑長

<2> 平成八年二月二六日 三〇万円

(元帳摘要欄の記載) 旅費、苑長交際費

原告は、右<1>はFと原告の監事Gとで沖縄県における高齢者施設等の見学を含めての研修旅行に行った際の費用であり、右<2>はFが青森県に開設された老人施設の見学・研修をするための費用であって、いずれも原告の理事会の承認を得ていると主張するが、具体的な旅行日程や費用の内訳等については明らかでなく、また理事会での議事内容を示す議事録も存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適正な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、当該支出についての説明は具体性を有しており、根拠のないものとまでは断定できず、当該支出の性格からすればすべての使途について領収書等を要求することが困難な場合も考えられる。そして、何よりも当該支出分をFらが私的に流用したことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が理事等に対して当該支出分全額の返還命令をすることは違法というべきである。

平成八年度本部会計仮払金

平成九年三月三一日 三八四五万二二七八円

(元帳摘要欄の記載) 因島福祉サービス、かもめ、ヒロソー、Hからの経常資金借入金分

被告らは、当該項目はこれまでに存在していないとしていた借入金と同額の金額を仮払金勘定として計上し収支バランスをとったものであり、元々の借入金の使途が明らかでない以上、使途不明金であると主張する。

しかしながら、甲第二五号証、第二六号証の1、2、第二七、第六二号証、乙第八一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、有限会社因島福祉サービスから平成八年七月二六日に五〇〇万円、同年一〇月二五日に五〇〇万円の貸付けを受け、平成九年四月三〇日にその返済を完了していること、原告とHとの間においてはHの原告に対する債権の有無について現在係争中であることが認められる。また、原告が、平成九年三月三一日までにかもめ信用金庫から二〇〇〇万円、広島総合銀行から一〇〇〇万円の貸付けを受けたこと、これらの借入金の少なくとも一部はBらに対する原告の債務の返済資金として利用されていること、はいずれも前述したとおりである。

そうすると、当該支出の使途は少なくともその一部については明らかでありすべてが使途不明とまでは言い難い。そして、原告が不正な会計処理を行っていた可能性が高いとしても、右各借入金を原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が理事らに対して当該支出分の返還を命ずることは違法というべきである。

平成八年度施設会計雑費

<1> 平成八年四月一一日 五〇万円

(元帳摘要欄の記載) I親子、B氏に対する対策費、苑長交際費

原告は、当該支出は摘要欄記載のとおり、I親子、Bに対する対策費(弁護士費用等)であり、「苑長交際費」との記載は事務員の過誤記載であると主張するが、当該支出に対応する領収書等は存在せず、その具体的使途については確認することができない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適正な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、甲第三五号証、第三六号証の1、2、第三七号証、第三八号証の1、2によれば、この当時原告とI、L親子との間で手形等に関する問題が生じていたことが認められ、また、乙第一四号証によれば、この当時Bから原告に対して金銭的な要求があり、原告がその対策について理事会等で協議していたことが窺われる。したがって、原告の説明が信用できないとまでは言い難く、また、当該支出の性格からすれば、その使途について領収書等を要求することが困難な場合も考えられる。そして、当該支出分を原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が理事らに対して当該支出分全額の返還を命ずることは違法というべきである。

<2> 平成八年五月八日 六二万〇七二一円

(元帳摘要欄の記載) 苑長交際費

原告は、当該支出はかもめ信用金庫からの借入金の分割返済金と交際費の合計であると主張し、かもめ信用金庫からの借入れの事実については前述のとおり認められるが、当該支出と分割返済金との関係を示す証拠はなく、交際費についても領収書等は存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適正な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、当該支出分を原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が理事らに対して当該支出分全額の返還命令をすることは違法というべきである。

<3> 平成八年六月二六日 四〇万円

(元帳摘要欄の記載) 諸対策費

原告は、この当時海幸苑における短期入所制度(ショートスティ)の増床が認められたことに伴い広島県内外の施設を見学した際の旅費であると主張するが、具体的な旅行日程や訪問先の施設は明らかでなく、また当該支出に対応する領収書等も存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適正な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、甲第四七、第四八号証によれば、この当時、海幸苑におけるショートスティの増床が認められ、広島県からそれに関連した補助金が交付されることになったことが認められるから、原告の説明が全く信用できないとはいえず、また当該支出の性格からすれば、その使途の全てについて領収書等を要求することが困難な場合も考えられる。そして、当該支出分を原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が理事らに対して当該支出分全額の返還命令をすることは根拠を欠くものであって違法というべきである。

<4> 平成八年六月三日 六〇万円

(元帳摘要欄の記載) 苑長交際費他

原告は、当該支出はかもめ信用金庫からの借入金の分割返済金とFの立替え交通費の合計であると主張しているところ、かもめ信用金庫からの借入の事実については前述のとおり認められるが、当該支出と分割返済金との関係を示す証拠はなく、交通費については領収書等は存在しない。

したがって、被告県知事が当該支出を使途不明金と判断して原告に対し適正な会計処理をするように求めることには理由がある。

しかしながら、当該支出分を原告の理事らが私的に流用したことを示す証拠は何ら存在しないのであるから、被告県知事が理事らに対して当該支出分全額の返還命令をすることは根拠を欠くものであって違法というべきである。

<5> 平成八年四月一九日 二二万円

<6> 平成八年五月二一日 二二万円

<7> 平成八年六月二〇日 二二万円

<8> 平成八年七月一七日 二二万円

<9> 平成八年八月二〇日 二二万円

<10> 平成八年一一月二二日 二二万円

<11> 平成八年一二月一九日 二一万円

<12> 平成九年一月二〇日 二一万円

<13> 平成九年二月二四日 二二万円

<14> 平成九年三月二四日 二二万円

(元帳摘要欄の記載) <5>から<14>の項目についてはいずれも空欄。

これらの支出については、前記(平成七年度施設会計雑費<8>ないし<14>)で述べたとおりである。

平成九年度本部会計仮払金

<1> 平成九年四月一〇日 四五万円

(元帳摘要欄の記載) かもめ分

<2> 平成九年四月一〇日 二〇万円

(元帳摘要欄の記載) ヒロソー分

<3> 平成九年四月三〇日 五〇〇万円

(元帳摘要欄の記載) 因島福祉サービス

これら<1>ないし<3>の支出については、前記(平成八年度本部会計仮払金)で述べたとおり、使途不明とは言い難い。

(四)  不当支出金の返済について

(1) 施設会計借入金について

乙第五、第二七、第四七、第四八号証によれば、原告の経理規程一〇条では、施設会計から本部会計への借入れが行われた場合には、その借入金を当該年度内に本部会計から施設会計へと返還しなければならないとされているところ、原告の平成七年度の決算時において一六五三万円の、同八年度の決算時において二一二〇万三〇二八円の未返還の施設会計借入金がそれぞれ存在することが認められる。

したがって、被告県知事が原告の経理規程に従い、原告に対し、すみやかに施設会計借入金を本部会計から施設会計に返還すべきことを命ずる改善命令等を発することには正当の理由があるといえる。

しかしながら、乙第二七、第八〇号証によれば、平成七年度の本部会計は七五六万八三〇一円の赤字、同八年度の本部会計は四三三万一五八三円の赤字であること、平成七年度の施設会計の次期繰越金は九二八万三七四七円であること、本部会計の主な収入は寄付金であること、本部会計につき、他の同種法人においては毎年相当額の寄付金収入があるにもかかわらず、原告においてはこれがほとんど存在しないこと、本部会計には、平成七年度、同八年度の補助金収入がないことが認められる。

右のとおり、原告の本部会計は慢性的な赤字の状態にあり、しかもその収入の大部分を寄付金に頼っているにもかかわらず、それがほとんど存在しないというのがその実状であって、そのことからすれば、原告が施設会計借入金を当該年度内に本部会計から施設会計へと返還することは困難な状況にあったと考えられ、当該年度内に施設会計借入金の返還が行われていないことにはやむを得ない事情があったともいえる。

(2) 施設会計からの不当な支出

乙第五、第二七、第四七、第四八、第八〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告における会計は、法人本部の経理を行う本部会計、海幸苑の経理を行う施設会計、海幸苑付診療所の経理を行う診療所会計に区分されていること、右の施設会計の収入の大部分は公費である措置費(運営費)によって賄われていること、がいずれも認められる。

また、乙第一、第一二、第一七、第一九、第四七、第四八号証によれば、原告の施設会計から次のような支出がされていることが認められる。

<1> 平成七年度借料損料

ア 官舎借料(平成七年一一月分から平成八年三月分の自宅家賃、月額三九万円)

イ 車両リース料(平成八年三月一二日、月額一七万九二二〇円)

<2> 平成七年度施設会計雑費

ア お歳暮、服代(平成七年一二月四日、三〇万円)

イ サザエ購入代金(平成七年五月三一日、同年六月三〇日、同年七月三一日、平成八年一月三一日、同年二月二九日の計五回、金額合計五八万四五二五円)

<3> 平成七年度施設会計厚生経費

苑長服代(平成七年一〇月一二日、同年一二月二〇日の計二回、金額合計四〇万円)

<4> 平成七年度施設会計修繕費

公用車修理代(平成七年一一月一六日、一三万五〇〇〇円)

<5> 平成八年度施設会計借料損料

ア 官舎借料(平成八年四月分から同年一一月分、月額各三九万円(一一月分は一九万円)、合計二九二万円)

イ 車両リース料(平成八年四月から平成九年二月まで、月額一七万九二二〇円、合計金額一九七万一四二〇円)

<6> 平成八年度施設会計雑費

ア サザエ購入代金(平成八年五月三一日、同年七月五日、同年七月三一日、同年一〇月八日の計四回、金額合計四一万八五三〇円)

イ リース車両違約金(平成九年三月二一日、一七万九二二〇円)

<7> 平成八年度施設会計厚生経費

苑長服代(クロダ洋服店、平成八年七月三一日、四五万円)

<8> 平成八年度施設会計役務費

リース車両返却査定料(平成九年二月二八日、二万一六九八円)

以上に掲げた施設会計における支出は、いずれも施設入所者又は施設職員の処遇に直接関係するものではないし、また、その支出の必要性があるとは判断し難いものが含まれ、その金額においても不相当に高額と評価されてもやむを得ないものがある。したがって、被告らが、右支出は海幸苑の施設入所者又は施設職員の処遇に関係する支出ではなく、これらを公費で賄われている施設会計から支出することは不当であると判断し、改善命令等を発したことには理由がある。

しかしながら、それが不当支出であっても、当該理事等が法人の財産を私的に流用したといった事情がない限り理事等に対して支出金の全額の返還義務を認めることが困難であることは先に述べたとおりでる。

したがって、少なくとも、右不当支出金全額を直ちに返還すべきことを命じる旨の措置命令が相当であるかは疑問であって、当該措置命令に原告が従わなかったことを理由として原告に不利益な処分を課する場合は、その処分の必要性、処分内容等について慎重な判断をすべきである。

(3) 理事長報酬について

乙第六、第三二号証によれば、原告の理事長報酬は本部会計から支出が行われていること、平成七年度の理事長報酬の支給日より以前の近接した日に施設会計から本部会計に借入れが行われていることがいずれも認められる。これらのことからすれば、原告の理事長報酬は本部会計から支出されているものの、その財源は施設会計からの借入金であると推認し得る。また、理事長報酬は本部会計の負担とされるべきものであるところ、原告においてはその収入の柱となるべき寄付金収入がほとんど存在せず、本部会計は慢性的な赤字状態であったこと、原告の理事長は、Fが破産宣告を受けたこともあって就任したものであり、原告を実質的に運営していたのは施設長であるFであって、理事長は名目的存在にすぎなかった(前記事実経過、甲六二)。以上の事実関係からすると、被告県知事がこのような会計処理を不当として原告に対して改善を求めることには理由があり、その方法として当該金員の返還を理事長に対して命ずることも許されるべきものと考えられる。ただし、その実現については次項(4)で述べるところと同様の問題があり、理事長からの返還がないことを理由として原告に対する不利益処分を行うことは慎重でなければならない。

(4) 施設長給与について

乙第二一、第二二及び第二七号証によれば、Fの基本給が平成六年四月に四三万八五〇〇円であったものが平成七年四月には一〇六万円に増額されていること、平成七年度の原告における施設会計は支出が収入を一三七万四〇一〇円上回ることがいずれも認められる。

これらのことからすれば、平成七年度の施設会計が赤字であるにもかかわらず施設長の基本給が大幅に増額されているといえるから、被告らが施設長の基本給の増額分の支出を不当と判断したことは合理性を有しており、その返還を命じたことも違法とはいえない。

しかしながら、原告が施設長に対して不当とされる金額の返還を求めるには施設長の同意が必要であり、施設長がこれを拒否したとしてもそれは施設長に関する問題であって、施設長からの返還がないことを理由にして原告に対して不利益処分を課することは慎重でなければならない。

四  監督目的不達成の有無

原告には、理事会の構成及び運営に関し不適切な実態があったこと、会計処理に不透明な部分が多く、使途の特定できない支出が存在すること、必要性の疑わしい支出が施設会計からされていること、経理規程に反する施設会計から本部会計への多額の借入れが存在すること等の事実が認められ、これらに鑑みれば、その法人及び施設の運営には不適切な部分が少なくなかったといわざるを得ない。

しかしながら、理事会の構成、運営については、東京都に生活の本拠を有するFが設立の中心となり、かつ、その後も同人が法人運営の中心的役割を担うことが設立当初から予定されていたにもかかわらず、確実な善後策を講じることなく原告を認可した問題が顕在化したものということができ、当時の監督官庁の対応に問題がなかったとはいい切れない。また、被告広島県が第一回改善命令を報道機関に発表した後においては、被告広島県が求める地域居住理事を確保することは相当に困難であったであろうことを推認することができる。更には、前述のとおり、被告県知事が発した措置命令のうち、使途不明金についてその全額の返還を命ずる部分は、根拠を欠くものであって違法といわざるを得ないのであるから、原告がこれに従わなかったからといって、これを前提としてさらに不利益な処分を課すことは許されないものである。

また、使途不明金の存在等会計処理上の問題は、原告の収入の大部分が措置費・補助金等の公費で賄われているため公的な側面があることは否定できないものの、基本的には法人内部の問題であるから、これにより施設の運営に現実の支障が生じたり、支障が生じる危険が切迫しているといった事情がない限り、それに対する監督手段は謙抑的なものでなければならないと解される(社会福祉事業法五条一項二号)。理事会の構成及び運営に関する事項についても同様のことがいえる。そして、本件においては、不適切な会計処理により施設の運営に現実の支障が生じた事情は認められず、また、平成八年度の施設会計の状況から見て、施設の運営に現実の支障が生ずる危険が切迫していたともいい難いこと(前述のとおり、Fが破産宣告を受けた直後の平成五年一二月当時の原告の財務状況は施設職員の給与の支払いにも窮するような状態であったが、平成八年当時においてそのような財政状態にあったことを窺わせる証拠はなく、平成八年六月には被告広島県から短期入所者専用居室増設のための補助金約一八〇〇万円を交付する旨の内示を受けている。また、甲第六二号証、乙第一五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告施設の敷地の一部に対し、Hが仮差押えを行っているが、Hの債権の有無については原告との間で係争中であり、他には原告の施設に担保が付されているとか、債務名義に基づいて差押えを受けたとか、所有名義が他に変更されるといった事情は存在しないことが認められる。)、原告は、平成八年一一月六日付け報告書及び平成九年一月二二日付け報告書において、理事会の構成及び運営に関する不適切な取扱いを改めること、使途不明金及び不当支出金についても、領収書等のないものについては、できる限り措置命令に従って返還していくこと、本部会計から施設会計へ借入金の返還も可能な限り行っていくことを表明していること(乙一〇、一一)、現実に不当支出とされたもののうち二〇〇万円は返還され、理事長報酬及び施設長給与については支給を停止する措置も執られていること、施設長は、措置命令に従うことを前提に返還期限の猶予を求めていること、原告が施設会計借入金を直ちに返還できなかったことにはやむを得ない事情があるともいえること等の事情に照らせば、原告に対しては、会計処理上の問題については、過去における会計処理の補正あるいは訂正を求めるとともに、必要があれば役員について社会福祉事業法八七条の罰則を適用し、あるいは今後の会計処理の適正化を図るなどの改善指導又は措置命令を行うことにより、また、理事会の構成及び運営に関する事項については、組織運営の適正化を図るよう改善指導を継続することによって、いずれも監督目的を達することはなお可能であったと考えられる。

以上のことからすれば、原告にはその会計処理にずさんな点があり、あるいは役員の構成等法人の組織運営に問題があって、被告県知事からの改善指導等の対象となる事由が存することは認められるものの、それらの事由はいまだ法人の解散を命じなければ監督の目的を達することができないほどのものとはいい難く、他に法人の解散命令によらなければ原告に対する監督の目的を達することができないほどの事由が原告にあるとは認められない。

したがって、被告県知事が行った本件解散命令は、原告に解散命令を命じるほどの事由がないにもかかわらず行われたものであり、その裁量判断には誤りがあるから違法といわざるを得ない。よって、本件解散命令はこれを取り消すこととする。

五  国家賠償について

1  被告広島県の責任

前記のとおり、被告県知事は、原告に解散命令を命じるほどの事由がないにもかかわらずその裁量判断を誤って本件解散命令を行ったものであり、また、本件解散命令は被告県知事の公権力の行使として行われたものであるから国家賠償法の適用を受ける。

ところで、被告広島県の担当職員は、使途不明金の該当性の判断に当たり、支出について明確な領収書等が存在しない限り使途不明であると判断し、それを前提として原告に対して不利益処分を課している。しかしながら、行政庁が法人を含む国民に対して不利益処分を課する場合に、その基礎事実の存在の立証責任が行政庁側に存することは明らかである。ただ、本件においては事柄の性質上、使途に関する一応の説明責任は原告にあり、それがされなければ、当該支出は使途不明と推認されてもやむを得ないものというべきである。

しかしながら、本件において、原告は被告広島県担当者からの指摘に対し、使途不明ではない旨の一応の説明をしていたのであるから、被告県知事において原告に対して不利益処分を行うためには、原告の主張の当否について裏付け調査を行うべき注意義務があったというべきである。しかし、本件では、被告広島県の担当者においてはこのような活動は全くこれを行っていない。

また、使途不明金あるいは不当支出金と評価できるものについても、その全額を即時に返還することを原告の理事等に対して求めることができるのは、理事等によって、個人的に原告の資金が流用されたような特別の場合に限られることは前述したとおりである。

以上のとおり、被告県知事及び被告広島県の職員は、本件解散命令及びその前提となった措置命令、業務停止命令を発するに当たり、使途不明金とされるものについて原告が説明する使途についての裏付け調査をすることを怠り、違法あるいは不当な内容の措置命令等を繰り返した結果、被告県知事において、その裁量判断を誤って本件解散命令を行ったものであり、被告県知事及び被告広島県の職員には過失があるというべきである。したがって、被告広島県は、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償の責任を負うことになる。

2  個人被告(公務員)の責任

原告は、違法な行政行為を行った、あるいはそれに加担した公務員が免責されるいわれはなく、その行為に加担するなどしたAらの個人被告(公務員)も被告広島県と同様の損害賠償責任(民法七一九条、七〇九条)を負うと主張する。

しかしながら、国家賠償法一条は「国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定し、国又は地方公共団体が賠償責任を負うことで被害者の救済を図ろうとする趣旨のものであり、同法一条二項が公務員に対する求償兼について規定していることに照らすならば、国等が賠償責任を負うことに加えて公務員個人が直接の責任を負うことはないというべきである(最高裁昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁)。

したがって、原告の主張は採用できず、原告の被告広島県を除く被告らに対する損害賠償の請求はいずれも理由がない。

3  原告の損害額

そこで、原告の主張する損害について検討する。

(一) 施設閉鎖による損害

(1) 工事費用

原告は、施設再開には四五〇〇万円の費用を要すると主張し、甲第六〇号証(見積書)がこれに沿う。しかしながら、右見積書からは、記載されている工事内容がすべて海幸苑が閉鎖されたために生じたものであるのか、かかる工事をしなければ施設の再開が不可能であるのかについては明らかではなく、これらを損害と認めることはできない(もっとも、海幸苑を本件解散命令が行われる以前の状態に回復するためには相当の費用を要することが予想されるが、その額の算定は証拠上不可能であり、後記の法人の無形損害において考慮すれば足りる。)。

(2) 従業員の再雇用及び教育費用等

原告は、施設を再開する場合には従業員の再雇用及び教育費用を要すると主張する。しかしながら、これらの費用は、施設の運営が継続されていたとしても生じた費用であると考えられるから、これを損害と認めることはできない。

施設の維持管理費等についても同様である。

(3) 保有車両の廃棄による損害

原告は、施設閉鎖により保有車両三台の廃棄料を二〇〇万円支払った旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はないから、これを損害と認めることはできない。

(4) コンピュータリース解約料

原告は、コンピュータリース解約料を八九万円支払った旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はないから、これを損害と認めることはできない。

(5) 閉鎖施設の点検のための人員の往復交通費

原告は、閉鎖施設の点検のため二一〇万円の交通費を要したと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。また、閉鎖施設の点検のために費用を要したとしても、たとえ施設を閉鎖しなくとも維持管理費を要するのであるから、これを本件解散命令に伴う損害と認めることはできない。

(二) 無形損害

原告は、本件解散命令により、法人としての社会的評価が低下し無形の損害を被ったものと認められるほか、施設の閉鎖に追い込まれたことにより種々の費用を要し、さらに今後施設を再開するためにも相当の費用を要することが認められるから、これら原告の損害は、法人として被った無形の損害として考慮すべきである(原告が慰謝料として主張する損害内容は、この無形の損害を含むものであると考えられる。)そして、原告が社会福祉法人であって営利を目的とする団体ではないこと、原告には会計処理や組織運営において不適切な点が少なくなく、これが本件解散命令の原因となっていること、本件解散命令が取り消されれば、原告の法人としての社会的評価は大部分回復されるものと認められること等諸般の事情に照らせば、右無形の損害は、一〇〇〇万円と評価するのが相当である。

(三) 弁護士費用

本件解散命令による原告の損害として相当因果関係が認められる弁護士費用は、一〇〇万円である。なお、原告は訴訟に要した交通費、宿泊費等も損害として主張するが、かかる費用は本件解散命令と相当因果関係のある損害とは認め難い。

第七  結語

以上によれば、原告の本件解散命令の取消し請求並びに被告広島県に対する国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求については一一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年一二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容することにし、その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することにし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当ではないから付さない。

(裁判長裁判官 加藤誠 裁判官 谷口安史 裁判官 富岡貴美)

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